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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)657号 判決 1961年12月26日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大原信一の上告理由第一点について。

原判決は、被控訴人(被上告人)は、訴外伊藤弘文より同人に対する金九五万円の化学薬品の売掛代金債権の支払方法として控訴人(上告人)振出名義、伊藤弘文宛、金額九五万円、満期昭和二七年八月一八日とする約束手形(甲第二号証)の裏書譲渡を受け、さらに右手形の書替として控訴会社熱田支店の外務係長である訴外三上重次郎より控訴人振出名義、被控訴人宛、金額同額、満期昭和二七年八月二一日とする約束手形(甲第一号証)の交付を受けたこと、右各手形はいずれも訴外三上重次郎がその職務に関し偽造したものであること、しかし被控訴人は、その支払の確実性について被控訴会社の取引銀行たる株式会社帝国銀行名古屋支店を通じて調査し、また、訴外三上重次郎より間違のない旨の言明があり、控訴会社熱田支店の次長訴外中野茂夫より積極的に右甲第一号証の約束手形は控訴会社熱田支店の振出したものに間違ない旨の証明も得て、これが右三上重次郎の偽造にかかるものであることには全く気付くことなく正当なものとして信用していたところ、突然昭和二七年八月二一日附中部日本新聞の控訴会社熱田支店において右各約束手形を振出した事実のない旨の広告を見て大いに驚いたけれども、右熱田支店の要職にある中野茂夫や三上重次郎の確言もあるので、昭和二七年九月五日名古屋地方裁判所に対し控訴人を相手方として右甲第一号証の約束手形金九五万円の請求訴訟を提起して争ううち、被控訴人の訴外伊藤弘文に対する前記甲第二号証の約束手形上の権利は満期より一年を経過した昭和二八年八月一八日、前記化学薬品売掛代金債権は右昭和二七年八月一八日より二年を経過した昭和二九年八月一八日それぞれ消滅時効にかかつて消滅し、被控訴人において金九五万円の損害を受けたが、右損害は訴外三上重次郎の右各約束手形の偽造、訴外中野茂夫の被控訴人に対する右甲第一号証の約束手形が控訴会社熱田支店において振出したものに相違ない旨の虚偽の証明等に起因する事実を認めうべく、他に右認定を覆えすに足るべき証拠がない旨判示したものである。所論は、被上告人より上告人に対する本件損害賠償請求は、昭和二八年一月二三日の本件口頭弁論期日において予備的請求として主張されるに至つたものであつて、この当時は右売掛代金債権が未だ消滅時効の完成に至つていなかつたのであり、被上告人において売掛代金債権の時効中断をするのに何らの障碍がないのにその手続をしなかつたのであるから、この点において上告人の被用者の不法行為と損害の発生との間に因果関係を認むべきでないというのであるが、前記のような場合においては、被上告人は、本件の第一次的請求である手形金請求が到底認容されず、訴外伊藤弘文より売掛代金債権の支払を受けることにより満足を受ける外がないことを知りながら、敢えて右債権の消滅時効を完成せしめ、故意に本件損害を発生せしめたなどの場合は格別、単に被上告人において時効中断の措置をとる余地があつたというだけをもつて上告人の被用者の前記不法行為と被上告人における前記損害の発生との間の因果関係の中断を認めるべきではないと解すべきところ、右前段のような事実は原審の認容しないところであることその判文上明らかであるから、原判決に所論の違法がない。論旨は採用できない。

同第二点および第三点について。

所論は、原判決は、被上告人のいかなる権利がいつ侵害されたかを明確にせず、あるいは前後矛盾する判示をなし、理由不備でありかつ理由そごがあるというが、原判決は、所論の不法行為による損害賠償請求に対しては、被控訴人(被上告人)が本件手形の書換前の手形(甲第二号証手形)取得の原因債権である訴外伊藤弘文に対する化学薬品売掛代金債権が消滅したことをもつてその消滅の時期に被控訴人の権利が侵害された旨判示した趣旨であることその判文上明らかであるから、原判決に所論の違法がない。論旨はいずれも採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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